ラジオを聴いていただいた皆様ありがとうございます。
さて、気を落ち着けて今回の件で思ったこと。金曜日から昨日までの審議をネットで見ていて、途中から、輸入盤が止まるかどうかという話より、もっと前段のいきさつに腹が立ちました。
そもそも今回の法案は邦楽還流防止としては矛盾があったのだ。矛盾があるのを承知で、まあのらりくらりやり過ごせば通るから、というつもりだったんだろうね。まさか騒ぎがここまで大きくなるとは予想していなかったと思うけど、今更矛盾を認めるわけにはいかないし、ああやって誤魔化すしかないよね。いや、法文上内外無差別に、っていうのは理解したからさ、運用上はそうじゃないと言い張るなら、何も各国の物価水準とか「利益を不当に害する」の基準とか面倒な話しなくても、「法文上はこうですが、運用上は邦楽の還流のみを止めます。それ以外は文化庁の責任で止めません。安心して輸入して下さい。」と言えば済む話で、それなら矛盾は無いよ。でも結局「止めません」じゃなくて「止まりません」としか言えないわけでしょ? その時点で破綻している。
それよりも腹が立ったことは、28日の川内議員による質疑で明らかになった、著作権分科会のあり方や法案提出の過程。分科会の人選にも問題ありだけど、それでも分科会報告書にはどこにも還流防止措置の法案を作るべきとは書かれていない。「検討が必要である」はずなのに、全く都合のいい解釈で法案は提出され、根回しもバッチリ。首謀者は誰か知らないけど、ひどい話だ。
もしまだ中継を見ていない人は、5月28日と6月2日の川内議員の質疑だけでも是非見ておくと良いと思います。こんないい加減な文化庁の人達の判断で法律は決まっていくのかと。昨日の審議の最後の方、法案に「最初に」という一言を盛り込むかどうかの議論での河村文部科学大臣のオトボケぶりには、思わず本気でモニターをグーで殴ったよ。
謎工さんが書かれています。
近く、平成16年度の文化審議会著作権分科会が招集されるでしょうが、その人選・審議の公開性・委員が提出した資料が信用に値するものかどうかを、その議題が法案として提出に値するものかどうかを、常に監視し続けてください。
CCCDと今回の輸入CDの問題で、「僕らはエンタテインメントを求めて音楽に触れているのに何でこんな嫌な気持ちにならないといけないんだ? もう音楽という趣味を止めたほうが幸せだよ」なんて思う事もあった。意識的にそう考えなくても、自分くらいの年齢だと同時代の音楽からは離れていくものなのだ。そうしてだんだんと音楽に興味を失う自分を想像してゾッとするんだけど。音楽自体に興味を失うのは極端でも、「もしCCCDばかりで買うCDが無くなってしまったら、余生は中古CDでも買って過ごすか」位はまじめに考えた。
でも結局そうやって逃げるのは得策では無いと判った。今のような文化庁のやり方を放っておいたら、今度は中古盤規制もやりかねない。他のエンタテインメントに逃げても同じ。PCとネットが一般的になった世の中に対応した、新しい著作物のあり方についてのビジョンが必要なのに、奴らにはそんなもの全く無いんだから。奴らに任せていたら将来ロクなエンタテインメントが楽しめない。
おそらく今回の事に限らず、僕等の知らない間に不条理な法はたくさん決まっているのだろう。当面音楽に関わる事だけでも精一杯で、なかなか他には目が行かないけれども、せめて自分の好きな音楽に関わる法については、常に関心を持って、必要ならば行動を起こすことを考えなくちゃね。「Music Liberation Front」というサイト名は伊達で付けたんじゃないのだ。
またこれからも奴らの邪悪な試みに触れて嫌な気分になることもあるだろうけど、それに対する行動は気の持ちようで楽しくなるはず。音楽は、特にロックという音楽は、昔からその怒りの衝動を娯楽に変える武器だったのだ。楽しみながら行動していこうと思います。
Won't Get Fooled Again!